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考えるということについて、思うこと。 [日々のくらしから 家族、社会、自問]

 先ごろなぜ女の人はいつまでも子供を手放さないのかといわれたことについて書いたけれど、おそらく同じころだと思う。 真面目な人は考えるということを重要視するが、考えることにあまり意味はない、もっと気楽に生きることが必要だという意味のことを書かれているコメントに新聞でであったことがあった。今でもあまり考えても仕方がないということはよく言われるし、わたしにもなにかのときに気使って心配してくれる人もいる。新聞に書かれたコメントはオウムなどの事件があったころのことで、その影響、反動などで何か一つのことに集中しすぎること、視野が狭くなることへの警鐘の意味が含まれていたのだと思う。考えすぎるのもバカだが、考えないのもバカであるという言い方もあるし、それではその中間をとって適当なところで考えればよいのかということにもなるが、私はAかBかじゃなく徹底して考えるべきだし、徹底して考えることから離れるべきだし、その時、その時場や状況物事にあわせたいと思う。こだわり、疑問、それが自分にとって重要なものなら徹底して考えたいと思う。

 生活が否応なく考えることを強いる。苦しいことがあるから考える。考えなければ苦しい事はなくなるというのだろうか。考えるという行為について、あの時のコラムにひっかかりを感じて以来ずっと問続けてきたのだと思う。そしてここにきて何かはっきりしてきたように思う。認識について、人が生きるうえでの四苦八苦について、行為について、生きる意味や努力について、自由について知ることの大切さを知ったように思う。考えるということは人がもつあらゆる器官を使って学ぶことと同じなのではないかと思う。認識の先に自由があるのだと思う。

 ちょっと考えればわかること、よく考えればわかることと思うことが多くなったように思う。本当によくよく考えてみなければ間違えてしまうと思うことも多くなった。そんな中で、最近であったお釈迦さまの教えが身にしみました。

 人の心というのは、ほしいままに、赴くままにさせたら、自らを滅ぼしてしまう。だから自分の心を自分で統御しなければならない。心によって悪い行いを抑え、よい行えをするように急げ、善をなすのにのろのろしていたならば、あなたの心は悪いことでいっぱいになってしまいます。


違和感 [日々のくらしから 家族、社会、自問]

 安全保障関連法案を巡る国会審議がはじまっています。国論は大きく言うと二つにわかれているようです。一つは世界情勢の変化に伴い、集団的自衛権が必要である。さらに戦争の放棄、武力行使の禁止をうたった憲法の縛りから、時代に合った安全保障政策に変えていこうという考えと一方には国際紛争解決の手段としての国権の発動としての戦争、武力による威嚇又は武力の行使は永久にこれを放棄すると定めた憲法九条を守り、さらに他国との関係において一層憲法9条の考えを追求すべきという考えとの間の開きのように思われます。複雑でわかりにくいのは解釈改憲によって明らかな憲法九条との矛盾をむりやり推し進め事実上の改憲をしていることだと思います。

 安全保障関連法案の成立を必要とすると政府がいう世界情勢の変化について、日本の存立があやうくなるかもわからないような緊張や武力衝突の危険とよく考えないでスラスラと受け入れていいものなのか、どうも違和感をぬぐえません。その世界情勢をどうみるかということも大切だと思います。さらにもし、国家間、地域間の紛争や対立のようなものがあるときほど戦争や武力の行使を避け国と国、地域間の平和への努力が必要と思うのですがどうでしょうか。戦後の日本は戦争の放棄と交戦権の否定のもとでそういう努力もしてきたと思います。今議論されている安全保障関連法がそのような目的にそうものなのか国民一人一人が真剣に考えなければならないのだと思います。

 曽野綾子さんの「ある神話の背景」を読んだのはもう何十年か前でしたが、今もう一度読んでいます。沖縄の渡嘉敷、ケラマという島の名前を知ったのはこの本でしたが、読んだ時の衝撃が大きかったので、友人の何人かに感想をはなしたことがあります。友人の一人は曽野綾子さんの本を読むとイライラして頭が痛くなるといっていましたが、読みなおして確かに視点が独特だと思うところがあるように感じました。それはさておいて、本に書かれていることは衝撃的で重い内容です。曽野さんはそれぞれの立場の人の証言を選択しないで載せているので、島に最後まで残った人間魚雷を装備した海上特攻隊の赤松隊の状況や軍人の考え方、家族が家族を殺しあう悲劇の背景が見えてきます。この本を読むまで、いろいろな映画や本などで知ってはいましたが、本当の戦争の惨さ、非人間性、どんなに戦争が平静からほど遠い地点に人間を連れ去るものか、あらためて真実を知らされたと思いました。沖縄だけではありません。こういうことをこれからの世代に味あわせることはあってはならないと思います。大東亜戦争当時も今も沖縄が背負わされてきた過酷な歴史を思うと沖縄の人びとが世界で一番危険といわれる普天間基地の撤去を願い、さらに新しい基地の建設には県民がひとつになって反対する気持ちは当然だとわたしは思いました。

 不安感と違和感の中で、保坂正康氏の「本当に平和ということを考えるならば、戦争を知らなければ決して語れないだろう。だが日本という国は、あれだけの戦争を体験しながら、戦争を知ることに不勉強で、不熱心。日本社会全体が、戦争という歴史を忘却していくことが一つの進歩のように思いこんでいるような気さえする。国民的な性格の弱さ、狡さと言い換えてもよいかもしれない。」という言葉を重く、受け止めたいと思いました。


あの時からどれだけ変わったか。 [日々のくらしから 家族、社会、自問]

 もう二十年以上も前、阪神大震災があり、その後、地下鉄にサリンがまかれるという事件があった。その頃のある会話を思い出す。どうして女の人はいつまでも子供を手放さないのかと質問された。今思っている結論を言うと、家族などの関係でも基本的には自分について考える、自分に責任をもつということしかないのではないかと思っている。自分についてというといかにも利己主義に聞こえるけれども、自分を考えることは他人との関係の中の自分について考え、生活することだと私は思っている。他人がどうするかはその人が考えることで個人に完全な選択権を認める以外にないのだと思う。他人から何を得るかはその人の問題で、もし幸福なよい関係というものがあるとしたら、他人からたくさんのものを学ぶことなのだろう。自発性と理想が生活を決めていくのではないだろうか。

 和真の遊歩道の「個人主義と政治」という記事にも同じテーマを感じました。アドラー心理学と個人主義、お釈迦さまにも同じものを見出すように思いました。

 追加。

 最近こんな本をしりました。「我を考えること。近代理性主義の克服」赤堀芳和著 講談社

 ラッキー、図書館で借りることができたのでこれから読もうと思います。

 ミスのお詫び。「和親の遊歩道」と書いていましたが正しくは「和真の遊歩道」です。神戸大震災、地下鉄サリン事件は十年前ではなく二十年前でした。


弱者に対して恐ろしいほど酷薄な国 [日々のくらしから 家族、社会、自問]

日刊スポーツの政界地獄耳という記事で、岩波書店のPR誌、図書での赤川次郎さんの言葉がのっていました。

 政府の産業競争力会議での女性を活用という成長戦略について「今、日本は弱者に対して恐ろしいほど酷薄な社会になってしまった。とくに子どもの貧困や、母子家庭の半分が年収120万以下という状況は、とても文明国とは言えない。こんな状況を放置して「女性の力の活用」など平然と発言できるのはどういう神経なのか」、、、という内容、日ごろニュースに接するたびに感じていることと同じでした。日本は弱者に酷薄、鞭打つような国になっていると感じるのは多くの場合自己責任と思われているからかもしれません。誰も問題を表に出すことができない、それは自分の努力の足りなさ、責任を公にすることでしかないからです。

 次の時代を担う子どもを育てることがどんなにたくさんのエネルギーのいる、重要な仕事であるか、だれかに頼んで自分は働きにでればいいというような問題でないことは当事者が一番知っています。子どもを育てる仕事と女性も社会的な仕事に参加して社会に貢献できる、あるいは経済的な力も持つということは自然で国が本来するべき重要な施策でしょう。女性が活躍することで社会がもっといろいろの人間的可能性を広げることはできるということはいえると思います。でも成長戦略の一環として女性の活用をと今言われていることはご都合主義で女性を利用しようとしているだけ、とても大事なことが抜け落ちているように思われてなりません。子どもを育てることができなくなったり、一層の過重労働と総体的貧困化に拍車がかかるようであってはならないと思います。

同じ産業競争力会議で深夜の電車やバスなどの運行をさらに広げようという政策が検討されているとニュースになったことがありました。深夜にバスや電車を動かす人がなければ電車は動きません。夜中に命に係わる重大な病気になった人が診てもらえるお医者さんがなければ困るでしょう。夜中に起きた火災の救助にむかってくれる消防士さんがなければ困りますが、深夜労働はできるだけ必要なものに限られるべきでしょう。そしてそういう仕事にはきちんとした対策が取られるべきでしょう。しかし夜眠ること、家庭に父や母がいることは人間にとって、子供にとっても大切なことです。経済活動が昼夜を問わなくなることによって働く人の仕事の仕方も変わる、疑問は膨らんでしまうばかりです。命が守られる政策は第一義的であるべきではないでしょうか。


シンプル [日々のくらしから 家族、社会、自問]

人生って想像したり考えたりするより、明確でシンプルなのかもしれないなんて最近思っている風船蔓です。

それをごちゃごちゃにしたり、複雑にしたり、自分を困らせたりとカオスにするのは人間なのかもしれない。


細木数子さんの六星占術を読んでいました。人間の世界というのはひじょうにきびしい因果の法則が成立していると細木さんは書いています。本当にそうですね。釈迦もすべてのことが因果の上に成り立っていると説きました。因果の行く末に心を払わない、もしくは不明、自分が望まない結果を招来するとしたら人間ってかなしい存在ですね。
一即多、多即一であっても、一である私は本当に小さな微粒子のようなもの、自分の手足の届くところで考えます。自分も他人をもできるだけ傷つけないようにと。

そしてあなたを大切に思っている、幸せであることを祈っていると伝えたい。

 今日の昼ごはん、なににしようか。生活防衛一段とがんばって。一山五百円のトマトと玉ねぎを使って。玉ねぎはちょっと品が落ちますが、使いでがあります。庭の朝どれハーブを使って。

 サケの塩焼き、とまとサラダ、きゆうりとなすのめかぶとろろあえでした。


考えるということ。 [日々のくらしから 家族、社会、自問]

 阿弥陀の本願ってどういうことだろう。私流に思った、もしかしたらちがうかもしれないが。阿弥陀様の本願って本当はすごいことなんだなと思う。この世界に生まれ、今生きている人もすでに物故となっている人も、どんな形で、どこで生きている人であっても、すべての人の苦悩、喜怒哀楽のすべてを心に刻んで、心から大切に思わずにいられないという。そこにあるのは通りいっぺんの善悪ではない。「考えること」は阿弥陀の願いのような生きとし生けるものへの分け隔てない慈愛、存在への深い理解と愛から出発し考えることなのではないだろうか。

 岩波ホールで「ハンナ・ハーレント」が今上映されている。行けるときに行かなくちゃとこれという予定がなかったので急ぎ出かけた。この日は秋らしい気持ちのよい晴天でした。適当、ゆるきゃらの普段のくせが災いして神保町についたときはとうに昼過ぎ、二時近く。二回目の上映がはじまってしまっているかしらと気が急いたが、間に合ったと思った時、満席のため券の発売が終了しましたという説明、仕方なく、夕方の上映まで待つことにしました。この日は古本祭りで通りという通りが人と書籍にうめつくされていました。あまりの本の多さと人ごみに何か探そうという気分にもなれず人ごみを分けて進みながら、二、三度、立ち止まって、二冊購入。「うつと上手につきあう心理学」と「残したいね日本の風景」しめて400円でした。裏通りのコヒー店へ入って食事。シャンソンが流れる落ち着けるカフェでした。メニューはカレーとスパゲティだけですが、少し甘みのある、深みのあるおいしいカレーでした。買った本を拾い読みしてこちらも買ってよかったと満足、ゆっくりしたコヒータイムを過ごせて得した気分でした。

 肝心の映画は考えるということについて、なんどもなんども幾重にも深い問をつきつけられました。

 ハンナ・アーレントがエルサレムの法廷でのアイヒマンに発見したのは凡庸な人間の悪の無思考性でした。非人間的な状態が、あたかも当たり前でノーマルででもあるかのように進行するとしたら恐ろしいことです。理解しなければならないと思います。とても難しいことですが。

「思考しても人の英知など得られない。役に立たないのだ。思考しても世の中の謎が解けるわけではない。我々は生きている。我々には命があるからだ。」これはナチスの台頭を前にして(ナチス親衛隊に参加したハンナ・アーレントの師)ハイデッカーがハンナに語っている言葉です。戦後、ハンナ・アーレントはハイデッカーに再会しますが、「ここに来たのは理解するためよ」というハンナにハイデッカーはこんな言葉を語っています。

 「私は無自覚で夢見がちは子供だった。私には政治的な才もない。だが、この間に学んだよ。今後はさらに学んで考え抜くつもりだ」と。

 見ること、感じること、思うこと、考えることによって希望につながると思いたい。


2011-08-08 [日々のくらしから 家族、社会、自問]

 DSCF1586.JPG

 DSCF1580 (2).jpgこのところ、更新をすっかりサボり気味です。今日は暑さが戻って、湿度も高いので、快適とはいきませんでした。でも時々開け放した窓から涼しい風がはいってきます。

ちょっとうれしかったニュースから。最近大腸がんの内視鏡検査を受けたのですが、問題はありませんでした。七、八割怪しいと思っていたので。「たぶん過敏性大腸でしょう。心配ないということを証明するために、検査しましょう」と。一度何十年かまえに受けたことがあり、二度と受けたくないと思っていたので、キャンセルしようか悩んだ末、やっぱりゴメンですね。まあ結果はよかったので、命がのびた思いです。

このところ、本多勝一編の「子どもたちの復讐」上下とさらに関連して「こどもがなぜ親を殺すのか」(菊池良輔著)などを続けて読んでいました。ちょっと重すぎる問題なのですが。これらの本が出たのは1979年から198O年代で、いまからはかなり前です。が、どうしてももう一度しっかり読み直してみたいと思いました。やはりこの本が検証している問題は特殊ではなく、今も象徴的な問題で、形や質的にも様々に変わってはいても、次の時代を考えるうえで重要な意味をもっていると思いました。

たぶん知っていらっしゃる方が多いと思いますが、「子供たちの復讐」は激しい家庭内暴力の末に開成高校生Aが父によって殺され、続いて母が自殺した事件、もう一つは祖父と父がともに学者という家庭で、当時有名私立高一年生だった少年Bが祖母を殺害し、そのあと遺書を残して自分もビルからとびおりて自殺した事件をあつかっています。

もう一度読み直してみて、とくに上巻「開成高校生殺人事件」は初めて読んだくらいに新たらしく知ったこと、考えたこと、思いを新たにしたことがありました。

祖母を殺し、自分も自殺した高校生は遺書のなかで、家族にすさまじい乱暴を働いたあの開成高校生の気持ちがよくわかる、彼は私と全く同じ気持ちだったのだと書いているのですが、二人に共通する、言語で表現することのできないやり場のない怒り、ありきたりの進学問題にとられてしまう無念さと表現した感情の背後にある問題とはなにかについて考えさせられました。到底あってはならない行為、事件に発展してしまった裏側に、彼らが求めていた父性に出会えなかった、あるいはずれていたという不幸、そして新しい自画像を作ることも、新しい価値観も見つけられなかった不幸(医者やカウンセラー、学校、広くは社会もふくめて)があったのではないかと特に開成高校生の事件では強く感じました。

父性について河合隼雄さんが次のような指摘をしています。欧米では「父なる神」を背後に持っているからこそ核家族が可能なのですね。そういう父なる神というものに、小さい時から鍛えられて戒律を守り、神の教えに従う人間として成人するから、結婚して子供を産んで一つの家をつくってもやっていける。現在の日本人は、まだまだ母性原理を温存していて、男も女も核家族を作るような人間としての鍛え方をされていないのが実情です。人間が鍛えられる前に経済的に核家族が可能になってしまった。だから本当の意味の父も母もいないような家がいっぱいある。本当の母とか父とか求めてもいないということになると。

A少年、B少年がぶつかってもがいて苦しんだ壁、新しい自画像を作れなかった原因はなんだろうかと考えました。痩せ細った教育力、自然や血縁、地縁社会の崩壊とともに剥き出しの個人が一人一人で、アイデンティティを揺さぶられているように思えます。それは少年だけでなく、少年の父や母にとっても、そしてわたしにとっても同じ問題だと思えました。課題ははっきりしたように思えます。若い人たちの動きをみるとすでにものさし一本の価値観から抜け出している人も多いのかもしれないと思うことがあります。それは一部の人かもしれませんが。あまり恐れずに一歩、一歩を歩むことかもしれないと思いました。


戦後から、、60年。 [日々のくらしから 家族、社会、自問]

  きょうもムシムシとあついっですね。終戦のとき、わたしは5歳でした。田舎だったこともあって、直接の戦争の記憶はあまりないのですが、南西の空が夕方から真っ赤になるのがよくみえました。家の人たちは今日も東京が空襲で燃えているとはなしていました。戦後六十年はほぼ私のこれまでの人生。当時からすると随分遠くに来たなぁと思います。その移り変わりを思うと、六十年前は想像さえ出来なかったすごい変化なのですが、当時とはまた違った困難や危機があり、戦争の不安、核兵器の脅威はあいかわらずだということを考えると、人間は平和や幸福に向かって進歩しているのかしらと考えてしまいます。

 ミュンヘンという映画を二度みました。二度見て印象がさらにはっきりしました。とても考えさせられる映画でした。ここでえがかれていることは今の世界、人間の現実です。お互いの苦悩や悲しみを知ることからしか、凍りついた憎悪、相手への批判から自分を解放することは出来ないのかもしれません。恐怖や暴力は理解の努力を閉ざし、更なる恐怖と暴力を拡大再生産するのではないかと思います。多くの不幸は誤解から生まれるとロマン・ローランは書いていました。その言葉を思い出しながら、あらためてそのとおりだなと思います。家族でさえ、理解がむずかしいのですから、他人や違う国になればなおのこと。理性と愛と理解の努力にくらべ、不安や怒りや悲しみ、物欲支配権力欲などのほうが強い力をもつのかもしれませんが、そこには破滅しかないのは確かだと思います。とすれば、理性と理解と愛の努力を続けるいがいにないのだと思いました。

 先日のパーティの写真、思ったよりはやく届きました。

 IMG_7581.JPG


一枚の写真 [日々のくらしから 家族、社会、自問]

 はじめてみる写真だった。死んだ妹を背中に背負い紐でしっかり負ぶった少年の写真。この写真は先日、NHKの「封印が解かれた写真がかたるNAGASAKI]で公開された映像である。衝撃的な写真だ。これからずっと忘れられない写真だろう。そして忘れてはならない写真だと思った。
 米軍の報道カメラマンが被爆後の長崎を軍の命令で撮影するため長崎に入り、そこで目にしたものである。原爆がもたらした残酷な姿をアメリカは公表しなかった。この写真も撮影者の苦悩と共に長く、屋根裏部屋に封印されていたものだった。
 この5,6歳と思われる少年は広島、長崎にたくさんいたろうと思われる同じような少年というだけでなく、現在も世界のあちこちにいる一部の子どもの姿でもあり、将来の子を背負う母、兄弟の姿かもしれない。核兵器は何時発射されてもいいように保管されている。
 核の脅威にさらされているいま、この写真の少年のような運命がどこの国、土地であれこれから生まれたら、わたしたちは生きていくことができない。核兵器は人間と地球にとって悪魔の兵器、困難があってもすべて廃棄する事を真剣にかんがえなければならないと思った。
 今日は長崎に原爆が投下された日である。

自由競争、自己責任という名の無責任 [日々のくらしから 家族、社会、自問]

 
 前回に書いた柴田翔氏の文がどこかに残っているはずとさがしていたら、ワープロフロッピーの中に残っていました。『近代的思考方法への疑念ーゲーテを追って迷い込んだ世界」という朝日に載った文です。

 -人間個々の自立的な自己決定能力を前提とし、そうした人間たちの自由な結合体としての社会を構想したのがヨーロッパ近代だったとすれば、ここで表明されているのは、そうした近代の構想への根本的な疑念である。人間は、そうした自由に耐えうるほど立派な生き物ではないのではないだろうかー。
とのべたあと、柴田氏は、しかし、私にとって、人間の自己決定権は、今も否定できない価値であるといっています。
 自由と一体の関係にある自己責任は人間が自由に耐えられるだけ立派な存在であることを前提にしています。
 しかし、それほど立派な存在ではないとしたら、だといいうるのか、世界を動かす指導者でも、市井の人でもです。
 自分の選択に迷い、人との関係、社会との関係に迷い、壁にぶつかり、疑いを持つのが、またそうあるべきなのが人間ではないかと思います。にもかかわらず、日本の今の社会は自由競争と自己責任があらゆる場面に浸透しています。教育の場でも生産や労働の場でも、それは家庭のあり方まで変えているように思えます。
 なぜこんなに競争がすきになり、攻撃的になり、嫉妬やねたみ、底意地の悪い冷たい社会になっているのか。人に生かされ、人を生かして自分も生かされる安心が社会から失われるとしたら、生きることが殺伐としたものになるのではないでしょうか。


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